内なる神との繋がりが深まり、神に導かれていくと、物質世界の様々なことに依存することを手放す流れになります。
人生は よりシンプルなものとなっていきます。
同時に物質世界で起こることへの反応は大きく変化し、葛藤が軽減されるため、意識は自然に目醒めていきます。
内なる神の世界はひとつながりの視点であり、分離の視点をその中心に据えないため、逆に 人間存在がどのように現実を創造しているかということにも気づきます。
今、目の前に粘土の塊を置かれ、これで好きなものを作ってください…と言われたら、どんな感覚がするでしょうか…
テーマも与えられず、それで評価されることもないという前提です。
(もちろん 真っ白な紙に絵を描くということでも構いませんが、絵を描くことに慣れていると、逆に新鮮な感覚が得られない可能性があるので、あえて粘土の表現を用いています)
この感覚は、物事と関わる時の感覚とどう違うか検証してみます。
物事と関わる時には、様々な予測が最初から立っていたり、こうしなければならない、この方法を使わないとうまくいかない…と思っていることも多いものです。
さらに 評価やその後の展開などについても気になった上で、物事と関わっていくということが日常では非常に多く起こっています。
このようにして、無意識に制限のかかった現実創造になっています。
物事と関わる感覚と、先ほどの粘土の製作における感覚との違いに注目すると、日頃の現実 創造に関わる制限に気づくことができます。
