自分のことは自分が一番わからない、というような話もありますが、実際は自らが一番自らのことを理解している必要があります。
自らがどのような存在であるかを知る(思い出す)ことは、自らが「神」という言葉でしか言い表せないような存在であることを知ることです。
それは物理次元な言葉では言い表すことのできない何かです。
これを思い出すことがどれほどのことであるのかというと、これも言葉では限界があります。
スピリチュアルな知識は生活に役立てられてこそ真価を発揮します。
知識として知っていてもその真に意味するところが腹に落ちていないと、いざという時には全く活用できなかったということが起こり得ます。
内なる神はその部分を強力にサポートしてくれます。
内なる神と共に歩く道を熱意を持って進んだ殆どの方々がそういった神の導きを感じられており、自らの中から元々持っている内なる智恵を引き出しておられます。
既に得てきた知識と内側の智恵が見事に結びつき、それは独自の解釈と感覚を伴って完全に自らのものになっていきます。
自らが自由に扱える柔軟性のあるツールを得たようなものです。
これは決して断片的なものではなく、徐々に全てのことに関連していることや、全てがひとつながりであることもわかってくるのです。
これが単なる知識ではなく内なる智恵を基盤にした本当の叡智です。
そして、そのような皆さまの変化を拝見するにつれ、誰もが肉体を超えた存在であり、等しく内面に叡智を持っていることが確認できます。
自らを通して自分自身のこともそして宇宙のことも知って(思い出して)いくことで、次元の扉は自動的に開いていきます。
今の時代はこの道を進むのにこれ以上ないと言うくらい適したエネルギーに満ちています。