「目覚め」と一口に言っても、その捉え方、印象は個々に違います。
その捉え方によって、個々の意識が創る現実も違うものになります。
「目覚め」の道筋では、「自分が何なのか(誰なのか)」を知識ではなく、意識に取り戻すことも同時に目が向くことにより、生きる次元も変化します。
前の記事に続き、「目覚め」に関連することを書きたいと思います。
一番最初に自分の身体症状を自分で治すということに意識が向いたのは、内なる神に導かれた体験でした。
過去に一連の神秘体験をしていた日々の中で、ある夜非常に居心地の悪い夢を見て(あまりに前のことで内容は覚えていませんが)、その直後自分自身に起こされました。
記憶は定かではないですが、誰かの手により外傷を負うような…ひどく腕を損傷したような夢の内容だったのですが、意識が戻った直後は痺れるような鋭い痛みが残っていました。
物理的な外傷はなかったとしても、こうして痛みというのは生まれるのだな…と瞬時に納得がいきました。
そして、またその直後「神ならこの痛みを…」という声が内側から来て…
その痛みがみるみるうちに解放されていきました。
痛みの解放というもの、内なる神とあればこのように解放出来るのだということに意識が至りました。
慢性的な症状に対するアプローチは自分自身がその葛藤の原因となった出来事(それを引き起こした意識)に理解が及んでいる必要がありますが、急性症状の場合には、その場でその原因に心身共にアプローチすれば瞬時にまたは比較的短時間で解放することが出来ます。
これは「気のせい」ではなく、わかりやすい症状で言うなら実際に食べ物でむせた時の咳が数秒で止まる、しゃっくりや痒みがアプローチした途端止まる、働きかけを行った直後、傷口の痛みが格段に強くなり(治癒力が高まることによる状態)、通常よりずっと早くかさぶたが出来る…など必ず治癒や解放に変化が及びます。
これは精神的な症状に向けても使用できます。
具体的には例えば怖れに接していたらそれを手放したり、完全に忘れるということが起こります。
自分の心身症状や原因に自分の力でアプローチしていく…
これを行うには、まずはそれが可能であると知り、至高の自己にきっかけをもらいアプローチし続けることで日常的に使えるようになります。
このことは等しく皆に備わる資質そのもの、深遠なパワーの片鱗です。
無限の本質を解放しさえすれば、不可能と思い込んでいるものがそれではないことがわかります。