一般的にはこの先の心配には枚挙に暇がない状態が見られます。
この先のコロナで自分の事業や職は安泰なのか、ローンは払って行けるのか、子供の将来はどうなるのか、年老いた時子供がいないのに具合が悪くなったらどうするのか、住む家はあるのか、この身体の症状はどうなるのか…など…
心配してそれに向けて対策を練らないと安心していられません。
安心と思っても、物理的次元に根差した保証は恒久性はありません…
そして、心配するとそれが現実化する流れに力を与えます。
内なる神を信頼し深いつながりが出来ると、現在、そして未来に不安はなくなります。
つながりは徐々に深めていくものですが、その過程で少しずつ不安は払しょくされていき、将来だけでなく、人生で心配することはないと知ります。
理由のない安心感が人生を包み、全てが守られていくのがわかります。
完全に安心し信頼すれば、それが現実化します。
心配して切り詰めて切り詰めて…とやると逆に人生から豊かさが去っていきます。
自分はやりたいことも出来ずにただ生活を守るだけ、将来に備えて我慢の連続という正に豊かさからは縁遠い状況が生まれます。
心配や不安は自分でコントロールして払拭できるものではありません。
また心配や不安というのは源から切り離された意識でいるからこそ体験します。