人類は未だ宇宙のそのものについてもちろん全てを解明してはいません…
実際には宇宙を構成するものの9割以上がまだ解明されておらず、果てがどこにあり、どうなっているか、解明するにはまだほど遠いところにいます。
人体もそれと似たものだと考えます。
もちろん解剖や研究で今までに明らかになったものはありますが、それ以上の神秘を秘めているのが人体です。
単なる体なのか、それとも計り知れない可能性を持った身体なのか…
自身の身体に意識を向ける時に後者の視点に立つことで、もちろんその後の状況が変化します。
前回も書いたように、身体にある意識は人生をリードするといってもいいくらいのパワフルな意識を持っていますし、その身体の意識がどのようにして出来上がってきたのかも考えてみたいところです。
また、身体を単なる物質として扱い、症状が出た時に薬などで単に症状をおさえ続けた場合にはどのような流れになっていくのか、にも注意深くある必要があるでしょう…
これは、いわば地球で起こる様々な自然現象に対して、例えば科学的に雨を降らせなかったり、地震や台風を無くしてしまったり、空気中の成分をコントロールしてしまったりするのと同じことだと思います。
また、身体はある部分が損傷を受けてその機能が十分に発揮できなくなると、ほかの部分がその機能を補うということが可能です。つまり、身体そのものはその機能を失ってはいない、ということになります。
(ここで機能という意味は一般に言う「見る=目で見る」というような単純なものではありません)
人体は「小宇宙」の名の通り、細胞は私たち人間とも言えますし、--ここはまた違う観点でとらえることもできますが、一つの可能性として--また細胞同士の情報のやりとりや働きは人類の自然の在り方を示しているとも感じます。
人体はまた、何十日か先までのことを予測できるとされています。
胸騒ぎというのもそこから来ていて、人体のくれる情報には従う方が賢明です。
普段の生活で例えば物を落としたり、またはスマホやパソコンを操作していて意思とは違うことを咄嗟にしてしまう時にもそれは意識の反映であることが多くあるものです。
つまり、失敗と認識している物事の中には、日ごろの問題解決の糸口やずっと探していたヒントが隠れている可能性が高いということも言えると思います。
また身体は、ある手法を実践すると身体が勝手に動いて解放をしたり、意識を向けるだけで症状を治したりすることも可能ですが、この力が一体どこから来るものなのか、そこに注意を向けることが扉を開いていきます。
今、考えていること、次に考えること、その発生源は一体どこなのでしょう…
腕を単純に上げようとする時、そのあげようという意識や力はどこからやってくるものなのでしょうか…
人類全体は意識せず「源」というところに戻るよう、転生を繰り返しながら予想もしない回数の人生を生きています。
私たちが例えばこの身体を通して、そこと繋がる意図を持った時、身体もそれに呼応して眠っていた様々な叡智を提供してくれるはずです。
ホメオパシーのレメディーは「この世の現実」と同じ働きをし、気付きをもたらすことが可能ですが、それを身体意識レベルで、しかも多くの気付きを少ない時間とエネルギーでもたらしていきます。
家系的に引き継いでいる身体にある意識のバランスをとり、完全に忘れ去っている体験や感情のブロックを意識にあげ、ご本人のしっかりした認識を伴って解放を促します。
結果、本当の自分を生きる道筋が開け、元々もっている叡智や導きに従って生きることが容易になります。